対峙⑦「二度と働きたくない、でも最も影響を与えてくれた上司」
おはようございます。
インバスケット研究所の
鳥原隆志です。
さて本日も
「対峙」
についてお話ししましょう。
私はマネジャーとして
3店舗目のお店に異動になりました。
そしてここが最後のマネジャー時代を
過ごすことになる店となりました。
もし、今までで一番きつかった
時期はいつなのか?
と質問されると
このお店で過ごした日々だった
と答えます。
自分の限界をはじめて感じた
店舗です。
このお店はダイエーが
実質的に最後に新店出店した
巨艦店舗です。
ダイエーなのに
ダイエーマークを付けない
という起死回生の店舗です。
いろんな仕組みが
通常のダイエーと異なっており
どちらかというと支配人の個人店舗
に近い色合いがありました。
そしてその店の支配人が
私の仕事人生で
二度と一緒に仕事をしたくない
厳しさを持つ上司であり
最も尊敬する上司なのです。
上司の厳しさにも
様々あります。
目標達成に意欲を燃やす方
自分の思い通りに部下を操る方
ルールに厳格な方
この方はどれにも当てはまりません。
宇宙的な発想を持ち
部下にそれを形にさせる方です。
戦国武将で言えば
織田信長タイプに近いです。
直接指示を出されるほとんどは
今まで聞いたことが無い指示です。
最初にこの指示を受けた私は
愛想笑いで
「面白いですね。」
と聞き流しました。
すると支配人は
「そうだろう、じゃあ頼むぞ」
と真顔で言うのです。
「出来ない」は禁句でした。
周りに相談しても
「やるしかない」
と言われるばかりです。
はじめはこのお店の
従業員は全員洗脳されてるのか
と思いました。
特に「最大の企画」シリーズは
最も頭を悩ませました。
最大のバレンタイン
最大の日本酒フェアー
最大の・・・・
最大とは
今までより拡大するレベルでは
ありません。
圧倒的なレベルを求められます。
例えば
「最大の店頭朝市を行え」
と指示が来た時です。
私はまあ、トラック一台分の
荷物を台車やワゴンに並べ
従業員を5名ほど
おいて対面販売の企画を立てました。
これでも相当パワーが必要です。
しかし、積んだ石の塔を
蹴って潰すかのように
「これの少なくとも10倍だ」
と言い切るのです。
私はぼやくように
「10倍とはどのくらいですか」
と下を向きながら聞きました。
すると
「正面駐車場全面を埋めろ」
と言われたのです。
正面玄関の駐車場は200台ほどの
スペースがあります。
生鮮食品などの区域を
考慮しても
私の担当だけでもその4分の1は
埋めなければなりません。
さらに商品を並べるだけでは
到底受け入れられません。
実演販売や量り売りなど
イベントものを入れるように指示
されます。
本来であれば本社の企画部などが
プロジェクトを作るレベルの
企画です。
そこで私は思考停止に陥りました。
そうです。
これが限界だったのです。
でも限界になると、今までまとっていた
変な鎧を脱ぐことができます。
自分の力だけではどうしようもなく
恥だとかプライドもなくなります。
商品部を周り頭を下げ
泣きつきます。
取引先にも頭を下げます。
従来私が自分だけで仕事を
完結するのが流儀だったので
この泣きつくという行動は
なかなか体が動かなかったのを
覚えています。
しかし、それをさせるほどの
彼には不思議なパワーがあり
そして裏では根回しもやってくれて
いたのです。
その結果
いろんなメーカーとコラボして
やったことが無い企画が実現しました。
お好み焼きの実演販売や
焼きたてせんべいの試食会、
味噌の量り売り、カップ麺の詰め放題
工場直送セールなどは
定番となりました。
最初は難色を示していた
商品部も応援に来て
よい企画は全店に水平展開を
ちゃっかりと持っていかれたのには
苦笑いをしました。
さらに目玉商品の商談は
その後、商談する仕事になったときに
役立ちました。
直接問屋やメーカーに伺い
倉庫を見せてもらうのです。
商売をしていると多くは
売れなかったものや
理由があり販売できなかったもの
返品されて困っているものが
必ずあるものです。
私倉庫に入れてもらうと
直ぐに隅に歩いていきます。
問題がある商品は
隅の見えないところに
流れ着くからです。
私から見るとそれは宝の山です。
それらを安く仕入れ
目玉商品にするわけです。
取引先も助かりますし
私も助かります。
お客様も喜びます。
この商談の進め方は
今の仕事でも基本になっています。
とにかくかなり苦労はしましたが
この支配人の下で1年ほどが過ぎたときに
私に昇格試験の話がやってきます。
そこで上司の最大の罵声を
聞くことになります
明日からは
「離脱」
についてお話ししましょう。
よかったら読んでください。
対峙⑥「苦しかった上司が、最も尊敬する上司になった理由」
おはようございます。
インバスケット研究所の
鳥原隆志です。
さて本日も
「対峙」
についてお話ししましょう。
私は最後のマネジャー時代を
過ごすことになる
そして一番自分の限界を感じた
お店に着任します。
そこはダイエーなのに
ダイエーマークを付けない
最後の新店でした。
そしてその店の支配人が
今では最も尊敬する上司であり
一番苦しかった方です。
なぜ苦しかったのかというと
当時の社内常識がほとんど
通用しない枠組みのない方
だったからです。
営業数字に対しても
シビアでしたが
とにかく前例がない指示が
突然飛んできます。
特に「最大の企画」シリーズは
最も頭を悩ませました。
最大のバレンタイン
最大の日本酒フェアー
最大の・・・・
最大の店頭朝市を行うという
指示が来た時です。
私はまあ、トラック一台分の
台車を下ろし従業員を5名ほど
おいて対面販売でいいか、
と考えていました。
しかし、彼の発想ははるかに
私の企画を超え
「正面駐車場全面を使え」
と言われたのです。
駐車場は200台ほどの
スペースがあります。
私の担当だけでもその4分の1は
埋めなければなりません。
さらに商品を並べるだけでは
気が済みません。
実演販売や量り売りなど
イベントものを入れるように指示
されます。
本来であれば本社の企画部などが
考えるような企画です。
当然、私の力だけでは
どうしようもなく
本社の商品部などに泣きつくことに
なりました。
従来私が自分だけで仕事を
完結するのが流儀だったので
この泣きつくという行動は
なかなか体が動かなかったのを
覚えています。
しかし、それをさせるほどの
彼には不思議なパワーがあり
そして裏では根回しもやってくれて
いたのです。
おかげさまで、
いろんなメーカーとコラボして
企画を行いました。
お好み焼きの実演販売や
焼きたてせんべいの試食会、
味噌の量り売り、カップ麺の詰め放題
工場直送セールなどは
当たり前のようにやりました。
最初は難色を示していた
商品部も応援に来て
よい企画は全店に水平展開を
ちゃっかりと行っていました。
さらに目玉商品の商談は
その後、商談する仕事になったときに
役立ちました。
直接問屋やメーカーに伺い
倉庫を見せてもらうのです。
商売をしていると多くは
売れなかったものや
理由があり販売できなかったもの
返品されて困っているものが
必ずあるものです。
それらを安く仕入れ
目玉商品にするわけです。
取引先も助かりますし
私も助かります。
お客様も喜びます。
この商談の進め方は
今の仕事でも基本になっています。
とにかくかなり苦労はしましたが
この支配人の下で1年ほどが過ぎたときに
私に昇格試験の話がやってきます。
そこで上司の驚きの魅力を
知ることになるのです。
明日からは
「離脱」
についてお話ししましょう。
よかったら読んでください。
対峙⑤「夜2時の説教と売り場改変—強烈な店長との1年」
おはようございます。
インバスケット研究所の
鳥原隆志です。
本日も
「対峙」
について書きます。
始めから読んでいただける方は
以下のブログからです。
https://ameblo.jp/inbasket55/entry-12961033590.html
さて、ライバル店に行った店長の
後任の店長は私の心に残る
強烈な印象の人でした。
着任式の際の服装が
赤いシャツに刀のデザインのネクタイ
でした。
浅黒い顔にギラっとした目
どうも今までのダイエーの店長の
イメージとは異なります。
彼の仕事スタイルは強烈でした。
仕事を徹底的に追求し
夜2時まで他のマネジャーに
説教していたこともあります。
私の売り場にも口うるさく
言ってきます。
もちろん衝突は避けられません。
勝手に自分の売り場を触られるのは
いくら店長でも許しません。
彼は私が休みを取っている
時に限り売り場を勝手に
変更しました。
私が抗議に行くと
「休んでいるやつが悪い」
と平気で言いました。
今だとハラスメントの塊の
ような人です。
彼とぶつかり続けた日々も
私にとっては「対峙」でした。
売り場でお客様と口論している
のを見かけたり
本社や取引先ともよくトラブルに
なっていました。
彼自身も何かと対峙
し続けたのです。
でも彼はよい売り場を作ると
下手なほめ方で上機嫌でした。
「まあまあだな。」
その時の子供のような
キラキラした目が忘れられません。
ただ、このような働き方を
していると当然敵も多く
1年後には人事部の強制捜査の
ような形で
「サービス残業の取り締まり」
が行われました。
私も個別に面談されました。
マネジャー仲間の一人は
「数十万の特別ボーナス」
と喜んでいましたが
働き方は窮屈になり
お店の雰囲気もぎくしゃくしました。
守りができていないと
いくら攻めが上手でも
うまくいかないのを知りました。
それから私は別のお店に
異動となったのですが
この店長は温かく見送って
くれました。
売り場が大好きで
仕事が大好きな熱血店長は
それから間もなく降格となり
別のお店の担当者で
異動したのです。
私は彼を訪ねてそのお店に
行きました。
するとやることがなく
腰かけている
彼を見かけました。
少しばつが悪そうにしながら
好きなたばこをモクモクと
吸いながら昔話をしました。
それが彼と会った最後の日です。
それから1年後彼は地元の
北海道で亡くなったのです。
やり方を少し変えれば
素晴らしい店長だったと思います。
彼にインバスケットを
教えることができれば
今も元気にお店で売り場を
作っていたのではないかと
思うのです。
もう一度会いたかった一人です。
そして最後は私に最大の
影響を与えた店長の元で
働くことになるのです。
続きは明日お話ししましょう。








