対峙⑧「衝突ばかりの20代が教えてくれたこと」
おはようございます。
インバスケット研究所の
鳥原隆志です。
まずお詫びとお知らせです。
昨日公開したブログが
その前日と同様の内容でした。
こちらが本来公開予定の
ブログです。
大変失礼しました。
また本日は水曜日です。
TICでは下記の動画を
夕方に公開予定です。
【打開】インバスケットで高めるビジネス語彙力
ショート動画でお届けします。
本日は
「対峙」
の回想最終話です。
20代から30代にかけて
ダイエー時代に対立した
人物の話を主に書いてきました。
振り返ると
本当にいろんな人がいて
そしていろんな生き方を
している人がいるとつくづく
思いました。
ダイエーはこの時期
経営再建で大量の店舗閉鎖
そして大リストラなどで
目まぐるしく目の前に
現れる人の流れは速かったです。
でも、個性が強く
人間臭く、そして魅力あふれる人に
恵まれたとも思います。
組織に属していると
丸くなり金太郎飴のように
画一化すると言われますが、
ダイエーはそうではありません。
まるで野武士集団のような
自分をしっかり持った人が
多かったです。
だからこそ、衝突し
対峙するわけです。
私自身も若さからの勘違いで
常に自分が正しいと
自身を信じていました。
それが故に
多くの人と衝突し
時には人も傷つけたことも
あったのかもしれません。
でも不思議なことに
衝突したり対峙したほとんどの方とは
今も親交があります。
人とぶつかり対峙するのは
疲れますし、ストレスもたまります。
でもそれを避けていると
もっと大事なものを守れません。
ですから仕事上の対峙は
私は必要だと考えています。
自分の意見を相手にぶつけ
そして相手にもぶつけられる。
まるで大きな星の周りを
急速に回っている星のようです。
様々な方向から
いろんな形の星がぶつかってきます。
力を抜いていると
その勢いで自分の軌道から
逸れてしまいます。
私はそれがとても嫌で
怖いことです。
何処ともなく流れ着いた
ところに行くのはごめんです。
だからこそぶつかり合い
その勢いでずれた軌道に戻るように
力を入れなければなりません。
そうすることで
本来の軌道から逸れたかも
しれませんが
目的地には必ずたどりつけます。
しかし、一方でその人自身を
恨んだり憎んだりするのは
やらないようにしています。
だからこそ、対峙した人と
今も一人の人間として
お付き合い出来て
貴重な人脈になったのだと
振り返っています。
明日からは
とうとう前職から
自分の道を歩く
「離脱」
について書いていこうと
思います。
対峙⑦「不合格の裏で怒鳴った上司――本当に部下を守るということ」
おはようございます。
インバスケット研究所の
鳥原隆志です。
すいません。
離脱の前にまだ書いておきたいことが
ありました。
「対峙」
について思い出したことを
書かせてください。
このシリーズを
最初から読んでいただける方は
以下のブログがスタートです。
https://ameblo.jp/inbasket55/entry-12961033590.html
この支配人(上司)の
最大の凄さを知ったのは
私が昇格試験に臨んだ
時のことです。
ダイエーの昇格試験は段階的に
分かれていました。
今回はマネジャー上級クラスの
面接と筆記試験でした。
筆記試験は昔ながらの
テキストで勉強して覚えるタイプです。
これを突破すると面接です。
上司はとても教育熱心で
「売り場などはよいから勉強しろ」
と受験者には言いました。
ですので会議室でこもって
勉強する社員をよく見かけます。
また模擬面接なども徹底的に
やってくれます。
しかしそれがゆえに
半端ないプレッシャー
でもありました。
そこまでしてもらったのに
不合格になると
言い訳のしようもありません。
私自身は筆記試験は
合格して面接でも自分の考えを
明確に伝えることができました。
人の扱い方や戦略などを
話して、面接官は質問も
少なく終わりました。
しかし、結果は
不合格でした。
後での情報によると
どうも自分の意見を調子に乗って
伝えすぎて言ってはいけないことまで
言ってしまったようなのです。
私は支配人に呼ばれ一言
「許さん」
正面に座った私は
蛇に睨まれたネズミのように
固まりました。
しかし、彼は受話器を握り
なんと人事部に電話をしたのです。
「わしが推薦した優秀な部下を
なんで落とすんだ。
面接したやつを電話に出せ」
受話器の向こうが手に取るように
分かります。
しばらく待って面接官がいなかったようで
彼は電話を切りました。
「仇はきちんととってやる」
そういって、不合格通知を私に
渡しました。
「ただ、今回の発言はもっと上位職に
なったときに言ったほうがいいな」
もちろん、人事部に抗議をしたのは
パフォーマンスかもしれません。
しかし、私のために怒鳴ってくれた
上司は彼が初めてでした。
それだけ彼は部下を守り
大事にするのです。
彼の下でついていけなくなり
やめていった社員も多いと聞きます。
それだけ、仕事は厳しく
私自身もほぼ年間休まずに
仕事をしました。
しかし、彼の下についた社員は
その彼の元から離れるときには
必ず昇進で出ていきます。
ですのでその上司の名前がついた
〇〇学校ともいわれていました。
上司の流儀とは
厳しい目標を与える代わりに
自分にも部下を守るという
最大規模のミッションを持つこと
を彼から教わりました。
部下を守っていますか?
と聞かれてほとんどの方が
”はい”と答えるでしょう。
でも部下を守るということは
部下に優しく接するという
意味ではありません。
むしろそれは自分を守っている
だけなのです。
部下を厳しく育てて
自分から離脱しても自立して
稼げる力を付けることが
本質的な部下を守ることなのです。
さらには部下が失敗したときに
自分のことを考えずに
部下を守ることでもあるのです。
今まで対峙してきた上司たちや
周りの人に私も自分一人で
稼げることができるレベルに
近づいてきたのかもしれません。
明日のブログもぜひご覧ください。
対峙⑥「苦しかった上司が、最も尊敬する上司になった理由」
おはようございます。
インバスケット研究所の
鳥原隆志です。
さて本日も
「対峙」
についてお話ししましょう。
私は最後のマネジャー時代を
過ごすことになる
そして一番自分の限界を感じた
お店に着任します。
そこはダイエーなのに
ダイエーマークを付けない
最後の新店でした。
そしてその店の支配人が
今では最も尊敬する上司であり
一番苦しかった方です。
なぜ苦しかったのかというと
当時の社内常識がほとんど
通用しない枠組みのない方
だったからです。
営業数字に対しても
シビアでしたが
とにかく前例がない指示が
突然飛んできます。
特に「最大の企画」シリーズは
最も頭を悩ませました。
最大のバレンタイン
最大の日本酒フェアー
最大の・・・・
最大の店頭朝市を行うという
指示が来た時です。
私はまあ、トラック一台分の
台車を下ろし従業員を5名ほど
おいて対面販売でいいか、
と考えていました。
しかし、彼の発想ははるかに
私の企画を超え
「正面駐車場全面を使え」
と言われたのです。
駐車場は200台ほどの
スペースがあります。
私の担当だけでもその4分の1は
埋めなければなりません。
さらに商品を並べるだけでは
気が済みません。
実演販売や量り売りなど
イベントものを入れるように指示
されます。
本来であれば本社の企画部などが
考えるような企画です。
当然、私の力だけでは
どうしようもなく
本社の商品部などに泣きつくことに
なりました。
従来私が自分だけで仕事を
完結するのが流儀だったので
この泣きつくという行動は
なかなか体が動かなかったのを
覚えています。
しかし、それをさせるほどの
彼には不思議なパワーがあり
そして裏では根回しもやってくれて
いたのです。
おかげさまで、
いろんなメーカーとコラボして
企画を行いました。
お好み焼きの実演販売や
焼きたてせんべいの試食会、
味噌の量り売り、カップ麺の詰め放題
工場直送セールなどは
当たり前のようにやりました。
最初は難色を示していた
商品部も応援に来て
よい企画は全店に水平展開を
ちゃっかりと行っていました。
さらに目玉商品の商談は
その後、商談する仕事になったときに
役立ちました。
直接問屋やメーカーに伺い
倉庫を見せてもらうのです。
商売をしていると多くは
売れなかったものや
理由があり販売できなかったもの
返品されて困っているものが
必ずあるものです。
それらを安く仕入れ
目玉商品にするわけです。
取引先も助かりますし
私も助かります。
お客様も喜びます。
この商談の進め方は
今の仕事でも基本になっています。
とにかくかなり苦労はしましたが
この支配人の下で1年ほどが過ぎたときに
私に昇格試験の話がやってきます。
そこで上司の驚きの魅力を
知ることになるのです。
明日からは
「離脱」
についてお話ししましょう。
よかったら読んでください。








